初台の東京オペラシティアートギャラリーで開催されているザハ・ハディド展に行ってきた。
ザハ・ハディドといえば、昨年決定した2020年の東京オリンピックに向けて改築される新国立競技場のデザインコンテストで最優秀賞に選ばれたことが記憶に新しい。このコンテストで日本での知名度は一気に向上しただろう。かくいう僕もこれで知った。
展覧会は、そんなザハのこれまでの建築やその他の仕事を振り返ることの出来るものであった。
彼女の建築を見た僕の印象を一言で表すと
「溶けた建築」
である。
ザハの初期の建築を見てみると角ばった建物が多いような気がする。たくさんの四角をぶつけたような建築と言えばいいのだろうか。
これはザハの作品で実際に竣工された最初の建物であるヴィトラ社消防所である。かくかくとしたコンクリートの板が何枚も合わさったようなこの建物はいわゆる今風のモダニズム建築といった感じである。
しかしザハの建築はだんだんと曲線の多い流動性の強いものが多くなってくる。
こちらはロンドンのアクアティクスセンターという水泳競技場である。前回のロンドンオリンピックで会場として新たに作られた競技場で今回日本の新国立競技場で選ばれたデザインにも少し似ている。
その屋根はゆるやかなカーブを描き、まるでポテトチップスのように波をうっている。水泳競技場に相応しい水の滑らかさを思わせる建物である。
アゼルバイジャンにあるヘイダル・アリエフ文化センター。こちらもかなりの流動性が感じられる建物である。どこにも角がないその外観は「建っている」という感じがあまりしない。むしろ建物が「溶けてしまった」そんな印象を受けざるを得ない。
面白い例としては彼女はスキージャンプ台も設計している。これはオーストリアにあるベルクイーゼル・スキージャンプ台だ。スキージャンプ台には見えないおしゃれな外観で、宇宙船の発着基地のような、そんなイメージを感じる。
これらの建築物をみると「溶けた建築」のイメージを理解してもらえるだろう。
展覧会のパンフレットにもこのような記述があった。
そのデザインに一貫して見られるのは、「動き」に対する独特の視点と感覚です。一見すると奇抜に思える彼女の設計ですが、その作品は周囲のエネルギーを自然に取り込み、新しい流れを作り出すといった流動性に焦点を当てて作られていることがわかります。
僕が感じたのは、彼女が「カタチ」を感覚で捉えているという印象だ。それは「アンビルドの女王」時代に彼女が行った膨大なリサーチの一部を見ても明らかだが、彼女はしっかりとした輪郭を持ったものとして建物を描いていない。パンフレットにもあるように、彼女にとって建物とは周囲と一体となるべきものなのだろう。
確かにどの建物もずっしりとそこに建っているという印象はうけない。むしろ今にも動き出しそうな生物あるいは宇宙船のような感じがする。それが周りと一体となっているかは分からないが、(少なくとも僕はあまり一体となっている感じはしない)まだ動かない「建物」よりは動く「生き物」あるいは「乗り物」の方がそこにあることに違和感を感じない=自然に馴染んでいる、そういうことだろうか。
また、僕はザハの建物に実際に訪れたことはないが、中にはいったらなんだか不安になりそうな気がする。外側が曲線ばかりということは中に入っても曲線で囲まれるということだろう。そうすると、建物の中にいてもその建物に守られている感じがしない。壁や天井が今にも溶けて飲み込まれてしまうのではないか。そんな気分に陥りそうでならない。少なくともゆっくり落ち着けるというわけにはいかないだろう。だっていつ「生き物」に食べられるか、「乗り物」でどこかに連れ去られるか分からないのだから。
さて、宇宙船といったがここで新国立競技場のデザインコンテストで最優秀賞に選ばれた彼女の案を見てみよう。
これはどこからどうみても宇宙船である。他の作品と同じように曲線が多く使われ周囲との調和を図っているが果たして馴染んでいるだろうか。多くの批判があったように僕もあまり周りと馴染んでいるとは思わない。スケール的にもかなり場違いだ。特に隣接する絵画館との相性は最悪で槇文彦が言うこともよく分かる。しかし、立地の問題は考えないとするならば、競技場としてのこの案は悪くないと思う。
観客はスポーツ観戦やLIVEを楽しむためにこの宇宙船に乗り込むことで、日常とは切り離された空間へと誘われるのである。しかも新国立競技場は全体を覆うかたちで屋根が取り付けられているためより外界と遮断された空間が作られることだろう。観客はディズニーランドに来たような気持ちで都心の真ん中でスポーツや音楽を楽しむことができるのだ。
ただ、先程も言ったように周辺と馴染むまでには相当な時間がかかるだろう。
画一的な四角が多用された初期モダニズム建築から、ザハはより感覚的な「溶けた建築」という自分のスタイルを見出した。
これはピカソとブラックによって創始されたキュビズムがやがて抽象絵画へと発展していくのと似てはいないだろうか。
抽象絵画が世界的に流行したように、ザハのようなスタイルが世界のトレンドになればこの宇宙船も「浮く」ことはなくなるだろう。2020年に世界の、日本の建築がどうなっているのか。楽しみだ。
次世代の建築家、ザハ・ハディドにこれからも注目していきたい。