だるまと高野豆腐

だるま

皆さんおなじみのだるま

実はこれって禅宗の開祖である達磨大師のエピソードがもとになって作られている。

達磨

達磨大師はこの人

禅宗っていうのは「座禅」が修行の基本スタイルで、とりあえず座って心を鎮めて精神統一を図ろうぜ!という仏教の宗派。

唐の時代に中国で禅宗がにわかに人気を集め始めたんだけど、実はこの宗派の開祖ははっきりしていなかった。でもやっぱり宗教は開祖がいないと盛り上がらない!誰が先駆けやねん!ってことで歴史をさかのぼって開祖にまつりあげられたのがこの達磨大師である。

だから達磨大師にはっきりとした著作はない。後世の人々に勝手に「教祖様!」に仕立てあげられた。ただ座ってるのが好きだっただけかもしれないのに。

それでも、ただ座ってるのが好きなおじさんで片付けられそうもないエピソードもいくつか残っていて、その一つが9年間、壁に向かって座禅を組み続けたという伝説である。

9年間って凄まじい。夏のオリンピックが2回来てもまだ9年は経たないし、渋谷駅の大開発が9年経てば終わってしまう。いや、これは渋谷が時間かけすぎだ。

あと「壁に向かって」というのもすごい。テレビに向かってならば僕もなんとかイケるかもしれないが壁は無理だ。

何はともあれ9年間という超長期間、座禅を組み続けた達磨はなんと手足が腐ってしまったという。手足が腐っても座禅を続けるその精神力と信仰心たるや、もはや常人の域を超えている。「腐っても鯛」というが達磨大師に言わせれば「腐っても座禅」である。というか「5年目くらいから本当はもうやめようかと思ってたんだけど、足が腐って立てなかった説」がありはしないか。

そして、冒頭のだるま、あれこそ9年間壁に向かって手足が腐ってしまった達磨大師をデフォルメした玩具なのである。

それを知ると一気にだるまが怖くなる。ホラーだ。その上、最初は目ん玉までないという不満足っぷりだ。今度だるまを手にする機会があったら、すぐに目を書き込もう。視力だけでもすぐに取り戻してもらいたい。

壮絶な知られざる過去を持っていただるまだが、最後にこれを見てほしい。

だるまちゃん

有名な絵本、「だるまちゃんシリーズ」だ。

このだるまちゃん、手足が生えている。

座禅により失われた手と足を再び取り戻した形だ。

なんだか奥が深い。食べ物に例えると高野豆腐だ。一度水分を完全に抜ききった後に再び水で戻すことであの独特な食感を生み出す高野豆腐のように、だるまちゃんにしか分からない悟りの境地がそこにはあるのだろう。

きっと達磨大師も「失うことで得られるものがある」と手足を腐らせながら思っていたにちがいない。

僕もだるまのように失うことを恐れず生きてゆきたい。

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